東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1256号 判決 1988年10月20日
控訴人(原告) X
右訴訟代理人弁護士 渡辺征二郎
被控訴人(被告) Y証券株式会社
右訴訟代理人弁護士 松下照雄
同 田代則春
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、三六七六万八〇七四円及びこれに対する昭和五八年一月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。
二、当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1. 原判決二枚目表六行目の「本件委託」を「本件取引」と、同裏七行目から八行目にかけての「横浜支店使用人訴外A1」を「の使用人である被告横浜支店外務員訴外A」と、一一行目の「使用人」を「外務員」とそれぞれ改める。
2. 同三枚目表四行目の次に行を改め次のとおり加える。
「(三) 仮に過当売買による忠実義務違背が成立しないとしても、被控訴会社は、控訴人から本件取引の初期の段階でその中止の申出を受けたにもかかわらず、詐欺的な表示を用いて口座の存続を勧め、控訴人の投資目的が健全な長期投資にあることを知りつつ、危険性が高く短期投資を目的とする信用取引を勧め、これを実行させることにより、右忠実義務に違反したものである。すなわち、控訴人は、昭和五四年一一月から本田技研工業株式会社の株式を信用取引により大量に買い付けたが、これが大幅に値下りし大きな損失の出ることが予期されたため、これを最後に取引をやめようと決心し、被控訴会社に取引の中止を申し入れたが、被控訴会社は積極的に『優秀な外務員を回す』、『このままでは損を取り戻せない』、『持株は全部切って新しい銘柄に全部組み替える』等という不当表示を用いてこの申入を無視し、取引の継続を勧めたものである。」
3. 同三枚目表五行目の「(三)」を「(四)」と、七行目の「(四)」を「(五)」とそれぞれ改め、九行目の冒頭から一一行目の末尾まで、一二行目の「第一次的に」及び末行の「第二次的に」から「として、」までをそれぞれ削る。
4. 同四枚目表三行目の「使用人」を「外務員」と、「A1」を「A」と改め、六行目の次に行を改め「(三) 同項(三)の事実は否認する。」を加え、七行目の各「(三)」を「(四)」と、「(四)」を「(五)」とそれぞれ改め、八行目全部を削る。
5. 別紙売買一覧表の「日付」の次に「(昭和年月日)」を、「銘柄」の次に「(略称による)」を、「売買の区別等」の次に「(〔現〕は現物取引、〔信〕は信用取引)」を、「数量」の次に「(千株)」を、「単価」、「手数料」及び「損益」の次に各「(円)」をそれぞれ加え、番号60の「売43」を「売41」と、番号134の「買〔現〕」を「買〔信〕」と、番号236の「〔現〕」を「〔信〕」とそれぞれ改める。
三、証拠関係<省略>
理由
一、請求の原因第1ないし第3項の各事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、被控訴会社について、控訴人主張の債務不履行が認められるか否かにつき判断する。
1. 被控訴会社は、一般投資家からの委託を受けて有価証券市場において株式の売買取引を行うものであって商法上の問屋の地位を有し、顧客に対し善良な管理者の注意をもつて事務を処理すべき義務を負うものといえる(商法五五二条二項、民法六四四条)が、控訴人主張の債務不履行はいずれも被控訴会社の控訴人に対する投資勧誘の方法、態様に関するものであるところ、そのような行為について、右義務違反を問う余地があるか否かをまず検討する。
一般に、証券投資は投資者の責任と判断とにおいて行うのが本来のあり方であるが、証券の価格変動要因はきわめて複雑であって、その投資の判断には高度の分析と総合能力とを要するため、一般投資家は投資判断に当たっては専門家である証券会社の勧誘ないし助言指導に依存し、他方証券会社の営業成績の伸長もこのサービスのいかんに係るところがいずれも大きく、したがって、証券会社の勧誘ないし助言指導が過熱することが避け難い傾向にあることから、このような立場にある投資家の保護を目的として、大蔵省証券局長から日本証券業協会長宛通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号)は、証券会社に対し、投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分に配慮すること、特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することを示達し、又、証券取引法七一条に根拠を置く日本証券業協会の証券従業員に関する規則(昭和四九年一一月一四日公正慣習規則八号)九条三項五号は、協会員は、その従業員が、顧客カード等により知り得た投資資金の額その他の事項に照らし、過当な数量の有価証券の売買その他の取引の勧誘を行うことのないようにしなければならない旨定めている。ところで、証券会社による投資勧誘は、その対象が一回的な現物取引である限りにおいては、たとえ取引が反復して行われたとしても、契約締結の誘因行為に止まり、これにつき債務不履行責任の発生する余地はない。そして、本件のように、証券会社と顧客との間に信用取引契約が締結され、継続的取引関係が存在する場合にも、右通達及び規則が直接には証券会社と顧客との間の法律関係の規律を目的とするものではなく、また、顧客の証券会社に対する委託目的が証券取引の執行であって、証券会社による投資勧誘はこれに関連して行われるサービス業務にすぎないことからして、通常は債務不履行責任が発生することはないものといえるが、投資勧誘の方法、態様が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて著しく不適合であり、その結果投資者に損害を及ぼした場合に限り前示善管注意義務に違反するものとして、債務不履行責任を負うものというべきである。
2. そこで、右の基準に照らし、被控訴会社について控訴人主張の債務不履行の成否につき検討する。
(一) <証拠>(ただし、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、控訴人は、医師であって昭和四一年一一月以降肩書住所地で産婦人科医院を開業し、医業も順調に行われて経済的にも相当の余裕を生じており、昭和五四年一月被控訴会社横浜支店外務員Aから勧められて同支店と株式の現物取引をするようになったこと(控訴人が、医師であって昭和五四年一月被控訴会社横浜支店外務員Aから勧められて同支店と取引を行うようになったことは、当事者間に争いがない。)、控訴人は、更に同年九月には同支店に妻名義で信用取引口座を開設して株式の信用取引を始め、昭和五六年一月ころからはこれと併行して新たに控訴人名義の信用取引口座をも開設して、原判決別紙売買一覧表記載のとおりの本件取引を行ったこと(上記本件取引を行ったことは当事者間に争いがない。)、控訴人は、株式投資についての十分な専門的知識や情報を有していたわけではないが、同支店との取引開始前約二年に亘り野村証券株式会社横浜支店と現物及び信用取引を行った経験があり、被控訴会社との本件取引においては外務員からの勧誘や助言に唯々諾々と従ったものではなく、これに従わなかった場合や自ら取引銘柄を選定して外務員の意見を徴した場合も多々あり、株式投資及び信用取引の仕組みについて自らもある程度の知識経験を有し、被控訴会社からも説明を受け、少なくとも一般の投資家並みの知識及び経験を得ていたこと、控訴人は、仕手株等投機性の高い銘柄への投資は好まず堅実な投資を望む一方で、同一株式を相場の変動に係わりなく長期に保有する姿勢にはなく、相場の変動に応じて積極的に取引を重ね、資産の増加を図る意向を有しており、そのため、取引銘柄の相場の変動に敏感で、外務員の勧誘に応じて行った取引が結果的に不利益であったり、外務員が銘柄の推奨をしない場合には、性急に外務員を非難することのあったことが認められ、右認定に反する控訴人の供述の一部は措信することができない。
(二) 前示一の争いない事実に、原本の存在及び<証拠>を総合すると、控訴人は被控訴会社横浜支店との本件取引により三五九二万二八五四円の損害を被ったが、その内売買損は約七二〇万円程度にすぎず、その余は前示手数料の外取引税並びに信用取引に伴い発生する金利及び事務管理費であったこと、控訴人の被控訴会社横浜支店における信用取引口座の開設及び本件各取引は、全般に亘つて同支店外務員の勧誘ないし助言に基づいて行われたものであり、控訴人は昭和五五年四月信用取引により前年大量に買い付けた本田技研工業株式会社の株式が値下りしたことから同支店外務員に対し一旦取引の整理を申し入れたことが認められる。
しかし、控訴人の、信用取引についてはその意味を理解できないまま同支店外務員の勧誘に従って行ったものであり、又、本件取引の多くは仕事の多忙な時間帯に勧誘を受け、言われるままに取引したものであり、右整理申入れに当たっては株式投資から手を引くことを告げたにもかかわらず、同支店外務員らの甘言に乗ぜられて取引を中止することができなかった趣旨の各供述部分は、前掲各証人の供述と対比して措信することができず、他に右供述を支持する証拠はない。したがって、同月以降の控訴人の本件取引の継続が被控訴人の外務員等の甘言にのみ左右され、控訴人本人の意思にかかわりなくされたものとは到底認め難い。そして、控訴人の前示信用取引口座の開設とその利用、本件取引の規模と回数とは、前示認定の控訴人の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みると、これら諸条件に著しく不適合とまでいえないことは明らかであり、また、<証拠>によれば、本件取引に係る株式銘柄も当該会社の資産内容、業績等に問題のない優良株で、控訴人の前示意向に副うものであったことが認められる。
以上によれば、被控訴会社に善管注意義務違背があったものということができないから、その余について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がない(なお、付言すると、控訴人は過当売買とこれを除く被控訴人の忠実義務違背とを別個の注意義務であるかのように主張するが、いずれも被控訴人の善管注意義務に包摂される徴表にすぎないから、一括して判断されるべきものである。)。
三、よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 河合治夫)